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判例:交通事故の報告に黙秘権は行使できない ~交通事故は絶対報告~

[記事公開日]2006/02/12
[最終更新日]

判例要旨

交通事故の報告を警察にしたときの、交通事故の内容を述べなければならないとする道路交通取締法施行令第67条第2項には、憲法38条第1項が保障する黙秘権は及ばないとする判例。
(つまり、交通事故の内容については黙秘ができないということ。)
昭和37年05月02日 最高裁判所大法廷

理由

論旨は、要するに、原判決は被告人が自動車の運転により発生させた本件事故を所轄警察署の警察官に報告し、その指示を受けることをしなかつた事実を有罪と認定し、道路交通取締法二四条一項、二八条一号、同法施行令六七条二項により処罰した第一審判決を認容したが、右施行令六七条二項掲記の「事故の内容」には刑事責任を問われる虞のある事項も含まれるから、同項中その報告義務を定める部分は、自己に不利益な供述を強要するものであつて、憲法三八条一項に違反し無効である。したがつて、原判決中右有罪部分は破棄さるべきであると主張するにある。警察に交通事故を届けなかったことが違法かどうかを問うている

しかしながら、道路交通取締法(以下法と略称する)は、道路における危険防止及びその他交通の安全を図ることを目的とするものであり、法二四条一項は、その目的を達成するため、車馬又は軌道車の交通に因り人の殺傷等、事故の発生した場合において右交通機関の操縦者又は乗務員その他の従業者のすずべき必要な措置に関する事項を命令の定めるところに委任し、その委任に基づき、同法施行令(以下令と略称する)六七条は、これ等操縦者、乗務員その他の従業者に対し、その一項において、右の場合直ちに被害者の救護又は道路における危険防止その他交通の安全を図るため、必要な措置を講じ、警察官が現場にいるときは、その指示を受くべきことを命じ、その二項において、前項の措置を終つた際警察官が現場にいないときは、直ちに事故の内容及び前項の規定により講じた措置を当該事故の発生地を管轄する警察署の警察官に報告し、かつその後の行動につき警察官の指示を受くべきことを命じているものであり、要するに、交通事

交通事故発生の場合において、右操縦者、乗務員その他の従業者の講ずべき応急措置を定めているに過ぎな。法律の求めるものが本当に本行為を違法にするだけの内容のものなのか?

法の目的に鑑みるときは、令同条は、警察署をして、速に、交通事故の発生を知り、被害者の救護、交通秩序の回復につき適切な措置を執らしめ、以つて道路における危険とこれによる被害の増大とを防止し、交通の安全を図る等のため必要かつ合理的な規定として是認せられねばならない。しかも、同条二項掲記の「事故の内容」とは、その発生した日時、場所、死傷者の数及び負傷の程度並に物の損壊及びその程度等、交通事故の態様に関する事項を指すものと解すべきである。したがつて、右操縦者、乗務員その他の従業者は、警察官が交通事故に対する前叙の処理をなすにつき必要な限度においてのみ、右報告義務を負担するのであつて、それ以上、所論の如くに、刑事責任を問われる虞のある事故の原因その他の事項までも右報告義務ある事項中むに含まれるものとは、解せられない。また、いわゆる黙秘権を規定した憲法三八条一項の法意は、何人も自己が刑事上の責任を問われる虞ある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきことは、既に当裁判所の判例(昭和二七年(あ)第八三八号、同三二年二月二〇日、大法廷判決、集一一巻二号八〇二頁)とするところである。したがつて、令六七条二項により前叙の報告を命ずることは、憲法三八条一項にいう自己に不利益な供述の強要に当らない。交通事故の報告は、たとえそれが、刑事罰を受ける恐れがあっても、憲法38条1項にいう黙秘権を行使できない。

されば、令六七条二項に、所論の如き違憲のかどはないのであつて、論旨は、すべて採るを得ない。

よつて裁判官奥野健一、同山田作之助の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。以下はこの裁判で反対意見を述べた裁判官の意見です。

多数意見は道路交通取締法施行令六七条二項の報告義務の対象である「事故の内容」とは、事故発生の日時、場所、死傷者の数及び負傷の程度並びに物の損壊及びその程度等交通事故の態様に関する事項であつて、刑事責任を問われる虞のある事故の原因、その他の事項まで含まれるものではないから、憲法三八条一項にいう不利益な供述を強要することにあたらない旨判示する。

しかし、仮令自己の注意義務違反、過失の有無などの主観的責任原因等については報告義務なしとしても、前記の如く事故の態様を具体的、客観的に報告することを義務付けられることは、犯罪構成要件のうちの客観的事実を報告せしめられることになるから、少くとも事実上犯罪発覚の端緒を与えることになり、多数意見の如く全然憲法三八条の不利益な供述を強要することにあたらないと断定することには躊躇せざるを得ない。刑訴一四六条の証言拒絶に関する規定は、憲法三八条の趣旨に則つたものであるが、操縦者らが若し証人として前記の如き事故の態様に関する事実について証言を求められたときは、自己が刑事訴追を受ける虞のあるものとして右刑訴の規定により証言を拒むことができないであろうか。

しかし、前述の如く自己の故意過失等主観的な責任原因などは、報告義務の外に置かれていること及び道路交通の安全の保持、事故発生の防止、被害増大の防止、被害者の救護措置等の公共の福祉の要請を考慮するとき、いわゆる黙秘権の行使が前記程度の制限を受けることも止むを得ないものとして是認さるべきものと考える。
裁判官山田作之助の補足意見は次のとおりである。
わたくしは裁判官奥野健一の補足意見に同調するが次のことを附加したい。

いわゆる交通事故が発生した場合、死傷者が生じたときは、これに対する処置、事故により生ずる交通混乱等の整理など行政官(主として警察官)の処理をまつこと多く、しかもこれらは迅速になされなくてはならない。これがためには、警察官その他の係官が先ず事故の発生を覚知し、現場に臨むことが必要であることはいうまでもない。この事故の発生を知るためには、事故を発生せしめた者(例えば自動車運転者)が一番早く事故を知るのであるから、同人をして即時、事故発生の事実を警察官に通報させることが、いわゆる行政経済の立場から要求されることは、当然であつて、この通報義務違反に対し、いわゆる行政秩序罰(罰金刑、若しくは軽微なる懲役、禁錮刑を標準とする)程度の制裁が科せられても、国民としてはこれを甘受しなければならないと解する。従つて右通報義務違反に対し、道路交通取締法二八条一号(二四条一項)が「三ケ月以下の懲役、五千円以下の罰金又は科料」の制裁を科することを規定しても、右規定が憲法三八条一項に

違反するということはできない。なお昭和三一年(あ)第三六三六号、同三六年一二月二〇日大法廷判決におけるわたくしの意見参照。

昭和三七年五月二日

最高裁判所大法廷

裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎

裁判官    斎   藤   悠   輔

裁判官    藤   田   八   郎

裁判官    河   村   又   介

裁判官    入   江   俊   郎

裁判官    池   田       克

裁判官    垂   水   克   己

裁判官    河   村   大   助

裁判官    下 飯 坂   潤   夫

裁判官    奥   野   健   一

裁判官    高   木   常   七

裁判官    石   坂   修   一

裁判官    山   田   作 之 助

裁判官    五 鬼 上   堅   磐

裁判官    横   田   正   俊

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